京都守護職、松平容保の宥和政策、言路洞開とは





京都守護職として、京都に着任した松平容保はまず、
言路洞開という手法をとります。


言路洞開とは‥


上層部が下層部の意見をくみ取り、
意志の疎通を図ることを意味している。
いわば、言論の自由への理解を示す言葉である。

土佐藩に限らず、この言路洞開は幕府や諸藩でも用いられ
幕末という時代のキーワードのひとつになる。

(以上、追跡!坂本龍馬 [ 菊地明 ]より)


しかしながら、

文久3年2月22日(1863年4月9日)に、
京都等持院にあった室町幕府初代将軍・足利尊氏、
2代・義詮、3代・義満の木像の首と位牌が持ち出され、
賀茂川の河原に晒された事件、

いわゆる、
足利三代木像梟首事件に激怒。
(あしかがさんだいもくぞうきょうしゅじけん)


犯人捕縛を命じ、浪士の一斉蜂起も懸念されたが、
4月には犯人は逮捕され、6月には処罰される。
事件後は浪士取締りが強化されます。


それまで倒幕派の者とも話し合っていく
「言路洞開」と呼ばれる宥和政策を取っていたが、
一転して壬生浪士(後の新選組)などを使う事となります。



『八重の桜』は、2013年1月6日より放送されている
NHK大河ドラマ第52作。





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Posted by しまふく at 2013年02月19日06:44 │八重の桜 あらすじ
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