百年の後わが心事を知る者あるべし、象山先生の名言






佐久間 象山先生の名言

百年の後わが心事を
知る者あるべし



佐久間 象山(さくま しょうざん(ぞうざん))は、
江戸時代後期の松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家。
松代三山の一人。通称は修理、諱は国忠
(くにただ)、のちに啓(ひらき)、字は子迪(してき)、
後に子明(しめい)と称した。
位階は贈正四位。象山神社の祭神。



元治元年(1864年)、象山は一橋慶喜に招かれて上洛し、
慶喜に公武合体論と開国論を説いた。

しかし当時の京都は尊皇攘夷派の志士の潜伏拠点となっており、
「西洋かぶれ」という印象を持たれていた象山には
危険な行動であった
(しかも京都の街を移動する時に供も連れなかった)。

7月11日、三条木屋町で前田伊右衛門、
河上彦斎等の手にかかり暗殺される。享年54。

現在、暗殺現場には遭難之碑が建てられている。



『八重の桜』は、2013年1月6日より放送されている
NHK大河ドラマ第52作。



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Posted by しまふく at 2013年03月18日06:13 │八重の桜 あらすじ
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