西郷頼母著作の『栖雲記』に残された会津藩への思い





西郷頼母著作の『栖雲記』に残された一文です。
(読み方は、すぐもき、でいいのでしょうか?)

京都守護職は国力の及ばないこと‥



会津から落ち延びて以降(戊辰戦争)、
榎本武揚や土方歳三と合流して箱館戦線で江差まで戦ったものの、
旧幕府軍が降伏すると箱館で捕らえられ、
館林藩預け置きとなった。

明治3年(1870年)、西郷家は藩主である
保科家(会津松平家)の分家でもあったため、
本姓の保科に改姓し、保科頼母となる。

明治5年(1872年)に赦免され、
伊豆で依田佐二平の開設した謹申学舎塾の塾長となる。






『八重の桜』は、2013年1月6日より放送されている
NHK大河ドラマ第52作。





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Posted by しまふく at 2013年02月27日06:00 │八重の桜 あらすじ
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