京都守護職本陣(会津藩本陣)となった金戒光明寺(左京区)








金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は、
京都市左京区黒谷町にある浄土宗の寺院。山号は紫雲山。
本尊は阿弥陀如来。通称寺名をくろ谷さん(くろだにさん)と呼ぶ。
知恩院とならぶ格式を誇る浄土宗の大本山の1つ。


京都大学のすぐ近くにあるんですね~



京都守護職本陣

金戒光明寺は徳川初期に同じ浄土宗の知恩院とともに
城郭構造に改められていた。会津藩主松平容保公が幕末の
文久2年閏8月1日(1862年9月24日)に京都守護職に就任すると、
京都守護職会津藩の本陣となり、藩兵1,000人が京都に常駐し
1年おきに交替した。

会津藩士のみでは手が回りきらなかったため、
守護職御預かりとして新選組をその支配下に置き治安の維持に
当たらせた。慶応3年12月9日(1868年1月3日)、この年の10月に
行われた大政奉還後の王政復古の大号令によって薩摩藩・長州藩が
京都市中の支配権を確立したため、京都守護職は設置後6年を
もって廃止された。ここ黒谷の地で、鳥羽・伏見の戦いで戦死した
会津藩士の菩提を弔っている。
なお、このころ中間として出入りしていた侠客が
会津小鉄こと上坂仙吉である。




『八重の桜』は、2013年1月6日より放送されている
NHK大河ドラマ第52作。





同じカテゴリー(八重の桜 あらすじ)の記事画像
東京・表参道にあった大山巌の私邸
八重、大山巌(反町隆史)と腕相撲
新島襄の「自責の杖」
新島襄が贈った言葉、大人ならんと欲せば自ら大人と思うなかれ
豊岡市出石町にある川崎尚之助供養之碑
松平容保の願い、向陽處
同じカテゴリー(八重の桜 あらすじ)の記事
 最終回(50)、いつの日も花は咲く (2013-12-15 19:31)
 東京・表参道にあった大山巌の私邸 (2013-10-28 20:00)
 八重、大山巌(反町隆史)と腕相撲 (2013-10-27 21:11)
 新島襄の「自責の杖」 (2013-10-08 10:00)
 新島襄が贈った言葉、大人ならんと欲せば自ら大人と思うなかれ (2013-10-07 10:00)
 豊岡市出石町にある川崎尚之助供養之碑 (2013-09-02 07:25)

Posted by しまふく at 2013年02月18日06:00 │八重の桜 あらすじ
Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。


QRコード
QRCODE
トップ画面
アクセスカウンタ
読者登録
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 2人
プロフィール
しまふく
しまふく